数字の向こう側
太郎が大阪の電子部品メーカーに入社したのは、テレビや電卓が飛ぶように売れていた時
代だった。生産管理部門に配属された彼は、完成品メーカーからの発注に応えるべく、毎
日数字と格闘していた。
「納期厳守」「生産ノルマ」「業績貢献」——それが太郎の使命だった。現場に無理をお
願いすることもあったが、会社のため、顧客のため、そして自分の責任のために、必死だ
った。
だが、社員旅行での出来事が太郎の心に影を落とした。現場の作業員たちの反応は冷やや
かで、笑顔も少ない。会社に戻っても、彼らの「やらされ感」が痛いほど伝わってくる。
「こんなに会社のことを思って働いているのに、なぜ伝わらないんだろう…」
悩みに悩んだ太郎は、ある日、発想を変えた。時間を見つけては現場を回り、足手まとい
にならないように気を配りながら、作業を手伝った。ネジを締め、部品を並べ、汗をかい
た。
すると、変化が起きた。
「納期、厳しいですよね。残業しましょうか?」 「この工程、少し工夫すれば早くなりま
すよ。」
現場から、次々と提案が届くようになった。太郎は驚いた。今まで数字しか見ていなかっ
たが、その数字の後ろには、人間がいた。汗を流し、悩み、工夫し、誇りを持って働く人
たちがいた。
数字の向こうには、物語がある。思いがある。太郎はそのことに、ようやく気づいた。
数字は成果を示すが、心を動かすのは人間の思いである。
現場の声を聞くことで、数字以上の力が生まれる。
「やらせる」から「共にやる」へ——その姿勢が信頼を育てる。
業績の裏には、無数の物語がある。それを知ることが、真の管理者への第一歩。
短編小説 「数字の向こう側」